日々ありがとうございます。
 さわやかな5月に入りました。先月は教会発足56周年を近畿支教区の松本貢一支教区長さんにご来道いただき、みなさまとともにお祝いさせていただきました。たくさんの方にお参りいただき、誠にありがとうございました。
 また、熊本地震で被害に遭われた方々へのお見舞いを申し上げるとともに、早期の復興を祈念申し上げます。
 今月も、ご法話をもとに自らの心田を耕し、明るく優しく温かく精進してまいりましょう。

おでんのように
・一つの鍋のなかで、具材が相互に味を引きだしあいながら、しかもそれぞれが持ち味を発揮する。
 そこには、私たちの社会や一人ひとりの生き方に通じるものがあるような気がします。
・自分のことを知りたければ、まず外に出て、人と交わったり、一緒に体を動かしたりするといいと思います。
・すると、自分がほんとうに好きなことや自信のもてる何かが見つかるのです。
・「持ち味は縁によって開く」ということです。
 日頃のご縁を大切にして、持ち味や個性を発揮していきましょう。
ダシが決め手
・能力や才能だけでなく、私たちも花のように、そこにいるだけですでに持ち味を発揮している
 ・・そのような一人であることを発見するのです。
・「豊かな見方」とは、短所も長所も含めて「あなたは大切な人」と称え、すべてを生かす温かいまなざしのこと。
・素直な眼、心を具えていることが人間本来の持ち味。
・私心なく世のため人のためにと働く菩薩行も持ち味。
・思いやりの心も持ち味。
・自他の持ち味を引き出す決め手は、ダシ(明るさ・やさしさ・温かさ)です。
 どんなお役でも、ありがたく受け、明るく優しく温かく精進していきましょう。
 
 今月は、8日には、「青年の日」を開催いたします。「命の授業」の腰塚勇人氏の講演を予定しております。
 たくさんの方にご縁になっていただきたいと思います。お手どりよろしくお願いいたします。
                                      合掌
   平成28年5月1日                 教会長  西村 季代子

  

    

   4月会長法話「あなたも私も、みな仏」
  日々ありがとうございます。
  桜咲く今月は、入学、進学、進級、就職等と新たな環境で出発する変化の月です。この出発にあたり、会長先生より大切な 心構えをいただきました。
    今月も、ご法話をもとに自らの心田を耕し、明るく優しく温かく精進してまいりましょう。

   衆生と仏は一つ

・  「衆生本来仏なり 水と氷の如くにて 水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし。(隠禅師の『坐禅和讃』より)
・ 生仏一如、つまり衆生と仏は本質において一つであり、衆生以外に仏はないということです。
・ 凡夫である自分と仏はちがうものだ」と思いこんでいるが、そうではないようです。
・ 笑顔で人とあいさつを交わすと心が和んだり、人の苦悩を知れば胸が痛み、人の喜ぶ顔を見ると嬉しくなるのも、私たちが  生仏一如、凡聖不二の身にあずかる人間だからでしょう。

生仏一如、凡聖不二」であることを自覚し、日々精進していきましょう。   

  真(まこと)の自分を知る
・仏とは、つまり自分が仏であることに気づいた人のことで、それは、自らの尊さに気づくこと、真の自分を知る、ということでもあります。
・仏種は縁に従って起る」とあるように、サンガ(同信の仲間)において、自分にはないやさしさや明るさにふれたとき、自分もまた明るくあたたかな気持ちになるのも、仏性が感応するからで、仏が仏に法を説き、お互いに求道しているからではないでしょうか。
真の自分を知る。生仏一如と気づく。それが私たちの一生のテーマです。

 「法座はいのち」といわれるように、日々の法座を大切にして、そこから真の自分を知り、仏性を開顕していきましょう。

  今月は、釈尊の生誕を祝う降誕会、創立56周年式典やその手取りを通して、目の前の人はみな仏さまと拝み、素直な心で「ありがたい」「ありがとう」「おかげさまで」などの気づきや感動を声に出して伝え、布教精進していきましょう。                           合掌

    平成28年4月1日教会長       西村 季代子










 


 


 


  

日々ありがとうございます。
 4年に一度の2月29日が過ぎ、1日得をいただいたような2月でした。これからは三寒四温を繰り返しながら春に近づいていきます。
 今月も会長先生のご法話を通して、自らの心田を耕し、明るく・優しく・温かく菩薩行ができるよう精進してまいりましょう。

  悪いこととは何か

・悪いことをしないのは、
・悔いのない日々を送るため。悔いのない日々とは、心がいつも晴れ晴れとして楽しく、充実した毎日をすごすこと。
・真理・法にそった言行が善であり、自他の命の尊厳を軽んじる言行が悪である。
・十悪を犯さないところに私たちの学道<仏道を学び修行する>があり、それが「人となる道」。

 
悔いなく生きるためには悪いことはしない。この人生の鉄則を守り、十悪(身の三悪、口の四悪、意の三悪)を律していきたいものです。

  善いことをする

・仏さまの教えに結縁し、人として大事なことに気づけたからこそ、悪をなさないですむ。 
・「ある行為をして後悔せず、うれしく喜べたらなら、その行いは善い」(釈尊の言葉)。


 釈尊の願い・開祖さまの願いを我が願いとして、日々を明るく、楽しくすごしてまいりましょう。

 今月は教団創立78周年記念日の月です。本会の創立の精神をしっかりと認識し、新たな決意で布教精進することをお誓いさせていただきましょう。
 
  平成28年3月1日        教会長  西村 季代子   合掌

         2月会長法話「私心を去る」

   
日々ありがとうございます。
  昨日までの10日間の寒修行も無事終了し、本日朔日は、節分会をさせていただきます。「丙(ひのえ)申(さる)二黒土星(じこく・どせい)」の年に4日から入ります。今年の自分のなすべきこと、心すべきことは何かをしっかりとかみしめていきましょう。
   そして、今月も会長先生のご法話を通して、自らの心田を耕し、明るく・優しく・温かく菩薩行ができるよう精進してまいりましょう。

 愉しく生きる秘訣

 ・「子四を絶つ。意なく、必なく、固なく、我なし」という「論語」の意味は、「孔子の心には、自分を縛る四つの煩いがない。その四つとは、私心、無理押し、ものごとへのとらわれ、我を張る心」という意味です。

 ・「はい」と答えられるのは、私心がないときです。「はい」と素直に返事ができることは、日々を愉しく生きる秘訣の一つといえましょう。
 ・「おはからい」と受けとるのは私心を去るスイッチを入れるようなもので、それによって法に順う無理のない、楽な人生が歩めるのです。
 
 好いことだけでなく、つらく悲しいことでも、神仏の「はからい」として感謝で受けとめていきましょう。
 
成功も安らぎもそこから

 ・
無私の心で、呼ばれたら「はい」と返事をし、ものごとを「おはからい」と素直に受けとめ、人の心に寄り添い、話を聞いて相手を思いやるような、穏やかで安らぎに満ちた日常にこそあるのです。

 
釈尊の願いは何かを思うとき、すべては仏の説法(おはからい)と受けとめて精進していきたいと思います。

 今月は涅槃会があります。お釈迦さまが入滅された日です。涅槃とは、「煩悩が吹き消された状態」を意味します。お釈迦さまをお慕いするとともに、人さまに尽くす行いをさせていただくことを決意させていただきましょう。

平成28年2月1日           教会長  西村 季代子

 

   1月会長法話「『まず人さま』の心で」
  明けましておめでとうございます。
  昨年は教会発足55周年の年をみなさんとともにお祝いし、心新たに精進を
お誓いさせていただきました。今年はさらに、60周年に向けて、「笑顔であり
がとう 伝えよう法の悦びを!」のテーマのもと感謝と誓願をもって布教精進さ
せていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
  そして、今月も会長先生のご法話を通して、自らの心田を耕し、明るく・優し
く・温かく菩薩行ができるよう精進してまいりましょう。

  思うだけでも

・開祖さまは、「『あの人の悩みを聞かせてもらいたい』『あの人の手伝いを
 させてもらいたい』ということを一つずつでもやっていけば、構わないでお
 いても、自分が幸せになるんですから」と明言しています。
・「自ら未だ度ることを得ざるに、先ず他を度す」(道元禅師「正法眼蔵」)
 ・・・自分はまだ迷ったり悩んだりしているけれども、まず、人さまの悲し
 みや苦しみを救う・・・
・最初はかたちだけでもいいのです。「まず人さま」と思うこと自体が有り難
 く、その瞬間、私たちはすでに損得や執着を超え、救われているといえるの
 です。
  
  自分のことはさておいて、「人さまが幸せになるように」と思いやりの心
 をもって行動していきたいものです。

 それぞれの「まず人さま

 ・「まず人さま」とは?
 ? 人さまのため、損得勘定を抜きに力を尽くすこと。
 ? 我欲を抑えて人に譲る心を起こすきっかけとなる言葉。
 ? 人に花をもたせること。
 ? 自分の気持ちは後回しにして相手を賛嘆すること。
 ? 人の持ち味を生かすようなはたらきをする。

 ・開祖さまは、「生かされていることへの感謝がないと、利他の行ない
  もできない」と説かれています。
 ・仏さまに生かされているという大いなる慈悲に気づくことなしには、
  本当の意味で「まず人さま」の心にはなれないというお諭しです。
  自分にとっての「まず人さま」とは何かを問うてみて、その如くに実践して
  いきたいと思います。

 今月の下旬には、寒修行が始まります。誓願をもって三部経の読誦をさせていただきましょう。
                                合掌
 平成28年1月1日           教会長  西村 季代子

「第二の矢を受けない」

 日々ありがとうございます。
 師走の月に入りました。今年は、教会発足55周年をみなさんとともにお祝いさせていただき、感謝とともに誓願を新たにさせていただきました。誠にありがとうございました。
 今月も、会長先生のご法話を通して、1年間を振り返り、自らの心田を耕し、明るく・優しく・温かく菩薩行ができるよう精進してまいりたいと存じます。

 とらわれない

・禅僧で仏教学者の原坦山師の逸話の中の言葉「君は、まだあの娘を抱えていたのか。私はあの川原にすっかりおろしてきたよ」は、慈悲のぬくもりとともに、一事にとらわれない大切さをさり気なく伝える話です。
・私たちは、毎日いろいろなできごとに遇い、喜怒哀楽さまざまな感情を抱きます。人間としてそれは当たり前のことで、そうした感情の一つ一つを釈尊は「第一の矢」といいます。
・どうすれば苦楽の海に溺れることがないのか・・・その答えは、最初に抱いた感情にとらわれないこと、つまり「第二の矢」を受けないことだ、と釈尊はいうのです。

「妄想・執着」という荷物をすっかりとおろしていきたいものです。

心をコントロールする

・原坦山師のように、わき起こった情意をそのつど、その場に「おろして」いければ、思い煩いも苦悩も味わわずにすみそうですが、それはむずかしいことです。
・できれば精神的にも肉体的にも痛い思いはしたくないものです。だからこそ、欲望や執着にふりまわされるという第二、第三の矢を受けないことが肝心なのです。
・禅の世界に「二念を継がない」という言葉があります。煩悩がわいても、それを追いかけてあれこれ思いをめぐらさない、心に浮かんだ思いを妄想でふくらまさないということです。
「心をコントロールする」ために、基本信行をコツコツとさせていただき、第二・第三の矢を受けない精進をさせていただきましょう。

 今月は、仏教の三大行事の一つ「成道会」の月です。釈尊成道の意義をしっかりと受けとめ、開祖さま・会長先生の願いを我が願いとし、布教伝道に精進して参りましょう。

                                合掌
平成27年12月1日           教会長  西村 季代子


 

 

  

2015.11.8() 七五三参り

 今年は8名の豆菩薩たちが、七五三参りの儀に参列してくれました。

教会長さんからお祝いのおことばと記念品を頂き、みんな素敵な笑顔が溢れていました。

 これからもすくすく成長してくれることを念じ、未来の少年部員、楽しみにしています。

   
  

DSC01298DSC01361

   2015.10.25()少年部が集合し、教会の畑で芋ほりを行いました。

当日は、天候にも恵まれ、たくさんの少年部員たちと一緒に楽しく行いました。

   司会や、おやつ配布などすべてのお役を少年部員で行い、
みんなで協力して取り組むことが出来ました!。


 冬にはこのお芋を使って蒸しパンを作る予定です!みんな、楽しみにしていてね。

IMG_0482          IMG_0500
IMG_0493







 

 日々ありがとうございます。
 紅葉の季節に入りました。先月11日には、開祖さまの生誕の地新潟十日町へ会員代表100名で生誕地祭りに参加させていただきました。55周年のお礼と報恩感謝と誓願をもって、纏と河内音頭踊りをさせていただき、感動と感激でありがたく帰ってきました。祈願と応援ありがとうございました。
 今月も、会長先生のご法話を通して、自らの心田を耕し、明るく・優しく・温かく菩薩行ができるよう精進してまいりたいと存じます。

みんな「仏の御いのち」

・道元禅師が「悉有は仏性なり」と受け取られたように、私たちはもちろん、この世のすべては仏性そのものであると教えていただいています。
・私たちは、みな「仏の御いのち」であるというのです。
・華厳経に「初発心時 便成正覚」という言葉は、道を求める心を起こした瞬間、すでにそれは実現しているというのです。

 
「一切衆生悉有仏性」を心にきざみ、仏性礼拝行を常に行じていきましょう。

「狎れる」を戒める

・親しい間柄でも敬語を使い、ていねいに話す。できるだけ人の長所を見て、それを称える。もちろん、合掌・礼拝の精神を忘れない。こうしたことが、調和のとれた人間関係を築いていきます。
・心がともなわなくても、いつもかたちで示していると、それは自ずから心に影響を及ぼし、常不軽菩薩のように「つねに軽んじない」姿勢が自分のものになります。
・目の前にいる相手を「仏の御いのち」と観ているかどうかを内省することが大切です。

 
朝には「合掌・礼拝の心で一日をすごそう」と誓い、夕べには「私はきょう、人を軽んじなかっただろうか」と省みて、明日に向かっていきましょう。

 今月は、開祖さま生誕会の月です。開祖さまのご生誕をお祝いするとともに、開祖さまのご因縁をかみしめ、「報恩感謝」と新たなる「誓願」をさせていただきましょう。
                                       合掌
平成27年11月1日           教会長  西村 季代子

 日々ありがとうございます。
 衣替えの季節になりました。スポーツ界では、東京オリンピックの追加種目や競技場建設のやり直し、自然界では、阿蘇山の噴火など、いろいろな変化が生じています。変化に対応しつつ地道に歩んでいきたいと思います。
 今月も、会長先生のご法話を通して、自らの心田を耕し、明るく・優しく・温かく菩薩行ができるよう精進してまいりたいと存じます。

人間として生きる

 ・悩みや苦しみの多くは、自分の内に原因があるのです。
 ・悩みをもたない動物や植物と同じく天地自然の一部である私たちは、人間特有の我欲や人を恨む心などから解放されれば、わだかまりがなくなり、ありのままを受け入れることができ、苦悩のない人生を歩むことができるのです。
 ・人間としていかに生きるかを教え導くのが宗教で、それを実践していくのが信仰。
 ・助言を求められたら、相手の心の安楽になるようなひとことを伝えられるといいと思います。

 
仏さまの見方(見方道)で、一点の灯り窓を見つけて「大丈夫、もう安心ですよ。」と伝えていくことが大切なことだと思います。

後ろ姿で説く

 ・開祖さまの著述に、「ほんとうの説法は自分の『後ろ姿で説く』ことであるのを忘れないでほしい」とありますが、確かに私たちは自らの後ろ姿で法を説いています。
 ・つねに後ろ姿で思いやりや布施のこころを発揮することが大切です。
 ・人を思いやり、素直で謙虚に日常生活を送る生き方が、まわりの人に受け入れられて、はからずも人を仏道にお導きできたとしたら、それは信仰の大きな功徳といえましょう。

 
開祖さまは「幸せへの一番の早道はお導きですよ。」とご法話くださいました。会長先生も、「後ろ姿で導きを」と今月のご法話を通して私たちにご指導くださったと受けとめさせていただきます。

 今月は、開祖さま入寂会の月です。十七回忌を迎えられた開祖さまに「追慕・讃歎・報恩感謝・継承・誓願」の意を新たにし、布教精進していきましょう。                             
                               
合掌
平成27年10月1日           教会長  西村 季代子