「祈りの先に・・・・・・」

 
日々ありがとうございます。
衣替えの月に入りましたが、まだ少し夏服がいいようなこの頃です。
 先月は、開祖さまご命日に本部大聖堂で説法の大役を、みなさまの応援をいただき、おかげさまで無事に終わらせていただきました。本当にありがとうございました。益々の精進をお誓いしたいと思います。
今月も、会長先生のご法話をもとに、自らの心田を耕し、明るく優しく温かく精進してまいりましょう。

 祈りとは

〇開祖さまは、「神仏に祈るだけでなく、仏法すなわち真理に随順した生き方を目ざす」のが信仰と明言しています。
〇仏法を信じて身につけ、自分が仏になる、自分が仏であることに気づく・・・。仏教の信仰はその方向にあるということです。
〇自分が仏であると気づけば、神仏やほかのだれかの力を恃み、「救ってください」と祈ることはなくなります。
〇それが、自灯明・法灯明の教えに基づいて生きていく仏道というもの。
〇信仰の本質は祈ることを必要としないところにあるということ。
〇少なくとも、「手前勝手な」願いは真の祈りではないことになるそうです。

 開祖さまは、「個人のことだけで祈ったことはない、会のためだけに祈った。」と聞いています。個人の苦からの救われや願望成就の祈りのみにとどまらず、仏の願いを我が願いとして精進していきたいものです。

 信仰を深める契機に

〇「『共にいるよ』。これが祈りの意味」(キリスト教牧師 奥田知志師)
〇「自分の命に代えても助けたい」と願う母親の心、「すべての人が苦から解き放たれるように」と願われる仏さまの大いなる慈悲の心にも通ずるといえる。
〇祈願の先にある大事なこととは、「生老病死は人生につきものである。だからこそいま生きていることの有り難さにきづいてほしい」という仏の願いです。
〇お願い参りも祈りも、それら神仏と向きあう機会はすべて、仏さまが「大切なことに気づくように」と願って与えてくださった契機です。

 
基本信行(御供養、お導き・手取り・法座、ご法の習学)の実践を通して、つねに仏さまの心にふれ、信仰を深めていきたいと思います。

 
今月は、開祖さま入寂会の月です。開祖さまを偲び、「追慕・讃歎・報恩感謝・継承・誓願」の意を新たにし、自灯明・法灯明の教えに基づいて、布教精進していきましょう。どうぞよろしくお願いいたします。                       
                               合掌

   平成28年10月1日           教会長  西村 季代子

 

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