6月会長法話「愚痴をいわない」

 

日々ありがとうございます。

さわやかな季節はすぐ去り、真夏日が続く6月に入りました。紫陽花がいきいきする季節でもあります。

今月も会長先生のご法話を通して、自らの心田を耕し、明るく・優しく・温かく菩薩行ができるよう精進してまいりましょう。

 

「知ってるといる」という思いこみ

 

  • 「愚痴」という熟語の二文字は、どちらも「おろか」を意味します。
  • 愚痴には、「いっても仕方がないことをいって嘆くこと」という意味があります。
  • そこから抜け出せないのは、自分の知っていること、思っていること、考えていることが「絶対に間違いない」という錯覚にとらわれているからです。

    まさに、「知っている」という病気にかかっているのです。

     

    自分の思い通りにならないと、人のせいにしたり、不平不満を言ったりしている現実を内省反省し、行動に変えていきたいものです。

     

    道理がわかれば

     

  • 「愚痴多き者には智慧の心を起さしめ」(経文の一節)・・日ごろから仏の教えに親しんでいると、愚痴をこぼしそうなときでも、智慧の心がそれを鎮めてくれるというのです。
  • 智慧の心のはたらきを、よりしっかりと自分のものにする方法は、この世のあらゆるものごとに共通する真理、つまり「真実の道理」を知ることです。
  • 「若し愚痴多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち痴を離るることを得ん」(経文の一節)・・観音さまを念じ、敬う心をもちつづけると、愚痴を離れることができるというのです。
  • 「観世音菩薩を念じる」というのは、自分もそうありたいと願う心のあらわれですから、自分のことよりも他人の幸せを喜べる人は、愚痴や不平から縁遠いはずなのです。
  • 愚痴をこぼしそうになったら、「智慧がはたらくチャンスだ」と気持ちを明るく切り替え、日々の読経供養をとおして心を見つめなおして、真理にそったものの見方・受けとめ方に立ちもどればいいのです。

     

    「真実の道理」とは、一乗の教えそのものです。諸行無常・諸法無我の真理、因縁果報。「すべて仏のはからい」「仏の説法」と受けとめていくことが大切なことだと思います。

     

     

    今月は、11日(日)に文化講演会を予定しています。会員・未会員を問わずどなたでもお誘いくださいますようお願いいたします。また、上半期を振り返り、下半期に向けて、誓願をもって布教精進させていただきましょう。

                                                                                             合掌

              

                                    平成29年6月1日           教会長  西村 季代子